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福岡地方裁判所直方支部 昭和44年(ワ)82号 判決

原告

飯野一八

代理人

庄野孝利

被告

奥博志

被告

奥精

右両名代理人

福田関男

主文

被告等は各自金三、六八〇、〇四〇円及びこれに対する昭和四四年一一月一三日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

原告訴訟代理人は

「被告等は原告に対し各自金六二九万五五六一円及びこれに対する昭和四四年一一月一三日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

被告等訴訟代理人

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二請求原因

原告訴訟代理人は請求原因として次のとおり述べた。

一  交通事故の発生

昭和四三年一一月二五日午前一〇時四五分ごろ、原告は原動機付自転車(ホンダカブ号五〇CC)を運転して、直方市西門前町三六九番地(百合野通り)PL教団前道路を直方方面より宮田方面に向け進行中、右道路を宮田方面により直方方面に原告に対向して進行して来た被告奥博志運転の軽乗用自動車(八北九州い八八―九〇)と衝突して路上に転倒し、原告は右軽乗用車の右前照灯付近で右大腿部を激突され、且つ路上に転倒する際道路左側のブロツク塀に左顎を打ち、路上に転倒して右肩及び頭部を強打し、そのため原告は脳震蕩のため四日間意識不明、右大腿骨、右膝内出血、膝、下腿挫創(筋断裂)、足擦過傷、シヨツクの傷害を受けた。

二  被告の過失

右事故は原告が原動機付自転車を運転して前記道路に差しかかつた際、被告奥博志が前記軽乗用自動車を対面して運転して来たが、突然道路中央線を超えて原告に衝突したもので同被告が前方を注視せず、ハンドル操作の適切を欠いた為に発生したものであつて、同被告の過失によるものである。

三  被告等の責任

被告奥博志は前記過失により原告に損害を与えた者であるから民法第七〇九条により、被告奥精は右加害車輛の保有者であるから自動車損害賠償保障法第三条により原告に対しそれぞれ原告に生じた損害賠償の義務がある。

四  損害

原告は右傷害の治療のため山崎病院、九州大学附属病院に入院、通院して手術、治療をうけ、そのため次の損害を受けた。

(イ)  治療費 金一五万四四六一円

山崎病院及び九州大学附属病院に支払つた国民健康保険の自己負担金(三割)

(ロ)  入院、通院中の雑費 金一一万五六〇〇円

入院一五四日(一日当り金四〇〇円)金六万一六〇〇円通院一八〇日(一日当り金三〇〇円)金五万四〇〇〇円

(ハ)  医療用機械購入費

原告は退院後も自宅においてマツサージの治療を続ける必要があり、昭和四四年八月初めごろ、宮田町佐野サカエから、太陽灯照射器「サナモア」一台を四万三〇〇〇円で、「低週波治療器コメツトAZ型」一台を二万円で及び附属のカーボンを五四七〇円で夫々買求め以来これを使用して治療を続けている。右購入費用計六万八四七〇円は本件事故と相当因果関係にある損害であり、被告は同額の損害を受けたものであるから右損害の賠償を求める。

(ニ)  慰藉料

入院五ケ月(一ケ月当り金一〇万円)金五〇万円

通院六ケ月(一ケ月当り金五万円)金三〇万円

(ホ)  逸失利益

原告は永年中学校の教員として勤務し、昭和三九年に退職し、その後宮田町において各家庭に出張して音楽及び書道の出張教授をして生計を維持していたものであるが、その一ケ月の平均収入は音楽教授として二四人の子弟を持ち一人一ケ月金二、〇〇〇円、書道教授として一五人の子弟を持ち一人一ケ月金三〇〇円、合計一ケ月当り金五万二、五〇〇円であつたが、本件事故により右収入は現在皆無となつた。

現在までの逸失利益

昭和四三年一一月二五日より昭和四四年一〇月二四日まで一一月間一ケ月につき金五万二、五〇〇円合計金五七万七、五〇〇円

将来の逸失利益

原告は本件事故の傷害により右膝屈曲障害(一〇〇度以上の屈曲不能)の後遺症を残し、これがため日常歩行に跛を引き、正座はできず、腰痛や関節の痛みが残り用便食事その他日常の起居に甚しい苦痛が伴い、その為前記音楽、書道の出張教授は不能となり、原告は現在六三才であるところ、原告の職業は知的労働であつて少なくとも七二才までは就業が可能であつたのに、右障害のため出張教授はできなくなり、そのため一ケ月当り金五万二、五〇〇円の収益を将来一〇年間に亘り失うこととなつた。これをホフマン式で現価に換算すれば

〈省略〉

となる。このうち原告は金四一三万七五三〇円を請求する。

(ヘ)  後遺症に対する慰藉料

原告は本件事故による傷害により前記のとおりの後遺症により精神的な損害を受けたが、これは労働者災害補償保険法の等級一〇級一〇号に該当し、その補償額は最低金六〇万円であるから、精神的損害として右同額の損害を受けた。

(ト)  原告は右事故により当時乗車していた原動機付自転車を破損され、その修理に金一万五〇〇〇円を要し、同額の損害を受けた。

(チ)  弁護士費用

被告等は原告の再三の請求に拘らず前記損害賠償に応ぜず、このため原告は止むなく本訴代理人に訴訟を依頼せざるを得なくなつた。然して原告は将来勝訴の場合は着手金、報酬合計金二〇万円を支払うことを原告代理人に約したところ、右は本件事故と相当因果関係にある損害であるから右同額の損害を受けたものである。

よつて原告は右合計金六六六万二五六一円の損害を受けたものである。

五  入金状況

被告等は現在迄に右損害のうち

入院時 雑費として金二万二〇〇〇円

昭和四三年一二月 見舞金として金三万円

昭和四四年八月二日 バイク修理代として金一万五〇〇〇円を支払い、その他に原告は自動車損害保険より仮払いとして金三〇万円を受領したので、合計金三六万七〇〇〇円の支払いを受けた。

よつて原告は差引金六二九万五五六一円の損害を蒙つているものである。

第三請求原因に対する答弁

被告等訴訟代理人は答弁として次のとおり述べた。

一  本件事故発生により原告が負傷し、右事故が被告奥博志の過失に基づくものであることは認める。

二  原告の負傷の程度については争う、特に頭部強打の事実、意識不明の状態が四日間続いたことは否認、又治療の経過は不知。

三  原告が受けた損害については原動機付自転車の破損による損害については認めるが、その余の損害については不知。

四  被告奥博志が本件加害車両を運転していたことは認めるが、被告奥精が自動車損害賠償保障法第三条の運行供用者であることは否認する。即ち右車両は専ら被告奥博志の通勤用に使用していたもので、被告奥精のために使用する目的もその事実もなく、唯右車両購入の時被告奥博志が未成年者であつたため、被告奥精名義としたものに過ぎず、その所有権も管理権も被告奥博志にあつたものである。

第四抗弁

被告等は昭和四四年一二月二五日以降合計金八五万円を原告に支払つた。

第五抗弁に対する認否

被告等主張の抗弁事実は認める。

第六証拠〔略〕

理由

一  原告主張の日時場所において、原告が原動機付自転車を運行中、被告奥博志運転の軽乗用自動車と衝突する交通事故が発生し原告が負傷したこと、右事故が被告奥博志の過失に帰因するものであること、右事故により原告所有の原動機付自転車に金一万五〇〇〇円の修理費用を要する損害を与えたこと、原告が被告等より賠償金の一部として金一二一万七〇〇〇円を支払つたことは当事者間に争いがない。

二  被告奥精は、本件加害車両の運行供用者であることを争うので考えるに、〔証拠略〕によると、本件加害車両は被告奥博志の通勤の便宜のために必要と認めて同被告の実父被告奥精が月賦販売方式で購入し、契約上の名義も被告精とし、自動車損害賠償責任保険も同被告が締結し、主として被告博志の通勤に利用させていたものであるが、被告博志は事故当時被告精と同居中の満一九才の未成年者であるので、右加害車両の購入にあたつても、被告精は事故発生に至らぬよう日頃被告博志に対して注意を与え、自ら加害車両の点検等を行つていたが、被告精自身は自動車運転はできないことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

右事実によれば、なるほど加害車両購入の直接の動機は被告博志の通勤のため、即ち同被告の利益のためともみられるけれども、これは一家の世帯主としての被告精が、同居の子息である被告博志の通勤の便宜を考え自ら加害車両を購入したもので、たとい自ら自動車運転ができなくとも、かかる場合加害車両の運行の利益は被告精の利益に通ずるものといわねばならず、又被告精自身も日頃加害車両運行につき点検を怠らなかつたことは勿論、被告博志に運行上の注意を与えていたことは、被告博志の加害車両の運行につき父として、又加害車両の所有者としての責任を自覚して行つていたものと認められ、この事実は加害車両の運行につき、被告精が支配を有していたものといわなければならず、従つて同被告は自賠法第三条にいう自己のために自動車を運行の用に供する者として本件事故により発生した損害を賠償する責任がある。

三  本件事故により生じた原告の傷害及び後遺症

〔証拠略〕を綜合すると、

原告は本件事故により右大腿骨々折、右膝内出血、膝ず、下腿挫創(筋断裂)、足擦過傷、シヨツクの傷害を受け、山崎病院、九州大学附属病院に約五ケ月入院治療を受け、後遺症として右膝関節屈曲障害(膝股間部屈曲困難正常六〇度のところ九〇度、伸転正常一八〇度のところ一七〇度、屈曲正常三〇度のところ一一五度、右足三糎短縮)を受け、正座は勿論横座りも出来ず、歩行は困難なうえ一〇〇メートルも歩けば疼痛を伴い、階段の上り下りは全く不可能であり、ピアノのペタルを踏むことも困難な状態にあることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

四  損害

(一)  治療費

〔証拠略〕を綜合すると、原告は事故発生時直後より五日間山崎病院に入院し、引続き九州大学附属病院に昭和四四年四月二六日まで入院し、その間の治療費として国民健康保険の自己負担金として金一三万七八六七円を支払つたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

(二)  入院に際して用した付添費

〔証拠略〕によると原告が当初入院した山崎病院では、原告に対しては附添看護を要するものとし、原告は同病院入院期間中看護婦を付け、その費用として金七、一七三円を支払つたことが認められ、この費用は原告の負傷の程度からみて通常用する費用といわなければならない。

(三)  入院、通院中の雑費

原告本人尋問の結果によると、原告は前記病院に入院中、体温計、水枕、タオル等の物品、栄養剤、頭痛薬、膏薬等の薬品、バター、チーズ等の栄養食品、見舞に来る妻の交通費として出費したことが認められるが、その明細についての証明はない。しかし、本件事故による原告の傷害の程度、入院期間を考慮すると、前記出費全額が本件事故による損害額とみるのは相当ではないけれども、その中相当部分は本件事故により出費を余儀なくされたものとみるべく一日金二〇〇円の増加支出は弁論の全趣旨よりみてこれを認めるのが相当というべく、入院期間中五ケ月間右割合によつて計算した金三万円の出費は損害額と認められる。又原告は九州大学附属病院を退院後一月一回の通院をするよう同病院より指示を受け、昭和四四年五月から同年一一月まで通院し、その他温泉治療のため湯治に通つたことが認められるが、その費用も又明らかではない。しかし、前記病院より通院を指示されたこと、又後遺症の程度からみて原告が通院、湯治する必要があつたことは認められるからそれに伴う費用の出費があつたことは明らかであり、その額は一日当り金一〇〇円を相当と認め七ケ月間金二万一〇〇〇円を通院に要した雑費としての損害額と認める。

(四)  医療用機械の購入費用

〔証拠略〕によると、サナモア光線治療器(八号器)及びコメツト健康器A二型なる治療器具は、原告の後遺症である筋肉のこわばり、痺れに治療効果があり、現に毎日使用しているが、必ずしも治療に是非必要なものとまでは認められないことを考えると、原告が右機械購入に要した費用金六万三〇〇〇円全額をもつて損害額と認めるのは相当でないから、右費用のうち金四万円を本件事故による損害と認定する。

(五)  逸失利益

〔証拠略〕を綜合すると、原告は過去三五年間小学校の音楽の教員として勤務し、退職後は音楽及び書道の家庭教師として各家庭に出張教授し、毎月凡そ金五万円の収入を得ていたところ、本件事放により前記のとおり右膝関節屈曲困難等の後遺症を受けたことが認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ところで労働能力の喪失の程度については労働省労働基準局長通達に示された労働能力喪失率表をそのまま利用するのは相当ではなく、被害者の職業と受傷した身体障害の具体的な状況からみて右喪失表を参照しつつその程度を判断するのが相当と考えられるところ、前記のとおり原告の身体障害は歩行困難、ペタルの足踏み困難、正座困難の状況にあり原告の職業にとつて右障害はその継続は全く不可能と認められ、又原告の年令、経歴、後遺症の程度を考えれば他に新たな職に就くことも又困難と考えれる。以上の事実からして原告は本件事故により労働能力を全く失つたものとみられる。ところで、原告は事故受傷当時満六一才であつたが、受傷より昭和四四年一〇月二四日までは現在までに喪失した利益として請求するから、右損害は合計金五五万円となり同日以後は将来の利益の喪失として請求するところ、原告の職業の内容、年令を考えれば同日以後七年間は就労可能と認められ、右期間中に失う損害をホフマン式で計算すれば金三一一万一〇〇〇円となるから同額をもつて将来の得べかりし利益の喪失と認定する。

(六)  精神的損害

前記認定のとおり原告は本件事故により重傷を受け、長期に亘り入院、通院を余儀なくされ、歩行困難、膝関節困難の後遺症を受け、そのため老後の労働の生甲斐をも失うに至つたこと、又本件事故は被告博志の一方的な過失によるものであることを考えると、原告の本件事故によつて受けた精神的損害の慰藉料は金八〇万円をもつて相当と認める。

(七)  弁護士費用

本件訴訟は交通事故による損害賠償請求であつて、しかも、本件事故は被告側の過失に基づくものであるが、この種の訴訟は法律的知識の少ない一般人には訴訟遂行は困難であり、弁護士を依頼せねばならない実情にあるところ、本件において当裁判所は和解を三度試みたがいずれも不成立に終つた状況からみて弁護士を依頼しなければ原告は勝訴に至ることは困難であつたと認められる。従つて、本件において原告が損害の一部として弁護士費用として支払い約束をした金二〇万円は事件の内容からみて相当と認められるから右金額と同額を損害として認定する。

五  以上損害額を合計すると金四八九万七〇四〇円となるところ、被告奥精は損害の一部として金一二一万七〇〇〇円を原告に支払つたことは当事者間に争いなく、右充当分を差引いた金三六八万〇〇四〇円が被告等の原告に対する債務として残存することになり、原告の請求中右限度においては理由があるのでこれを認容し、その余の部分は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する

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